名前はいらない。


先日のビッグイシューのポストへのアクセスがほぼ無しという状況に落ち込んでいる私であります。本当に良い雑誌なので多くの人に読んでいただきたいです。


写真はサロン名HUMURO。私はあまり名前にこだわりません。
人の名前も。物事も。名字などなくてもいいのにとずっと思ってきました。姓名判断とか、名前を選んで生まれてくるとかそういう説(?)もありますが!
「名前」って、良い風に使われればメリットもあるのでしょうが、やっぱり人や物事の輪郭をはっきりさせるためのものなので「分断」とか「差別」を生むよなぁ・・・・。といつも感じております。間違ったイメージなんかも。

アーユルヴェーダも「アーユルヴェーダ」という「名称」がいろんなイメージを運んでいるように思いますが、アーユル(生命の)ヴェーダ(知識・科学)というサンスクリット語です。インドで発祥しましたが、インドに住む人々だけのものではなく、あらゆる人に応用できる知恵です。そしてそれは自然の法則に基づいているため普遍的かつ不変なのであります。何も特別なことでもなく、少しものを見る目を変えると自分のこと、周りのことが良く分かってくるよ〜と教えてくれるものです。ある意味、地味で地道なものなのでエキゾチックでエンターテイメント的なものを期待されている方はがっかりするかも?でもでもある意味隠された本能や野生性が目覚めるものでもあります。

あまりアーユルヴェーダという名称にこだわりたくないなぁと思っているのですが、説明するのにはやはり「名前」が必要ですよね。ううう。アーユルヴェーダの伝統的なオイルもそれはそれはすばらしいのです。名称にこだわらずいいものはいい、それだけを伝えたいのが本音です。

宗教も、◯◯教とか「名前」はいらないのにな。どの宗教も良い教え(考え)は良い、それだけでいいと思います。良いもの・考えを人に伝えるのは素敵なことですが、信仰は一人一人の静かなもので良いのになぁと思っています。もちろん助け合うときはみんなで。◯◯教の何々派とか「分けたり」「差別化したり」。
良いものは普遍的で名前はいらないものだと思います。(かなりの理想)


コメント